滝井の人

藤本雅巳

2021.01.08

 5年前の初夏、一匹の仔猫が我が家にやってきた。名を“RIKU”というベンガル種の雄猫である。戌年の僕は今まで猫とは縁のない生活をしてきた。そのため、彼の一挙手一投足は僕にとって新鮮なものであった。猫の動きは用心深いが俊敏でいて物静かである。というか音がしない。そして、ヒトの死角に入るのが得意だ。どこにいるのかがわからない、でも彼の位置からは僕が見えているのだ。なんと隙のないやつ。「猫の首に鈴を付ける。」という意味が少しわかった気がする。

 数か月ほど経ったころであろうか、彼の行動に一つの法則性を見つけた。何かに飛び乗った後、必ず上を向く習性である。何かを探しているように。まだ一歳に満たない仔猫であったので、まずは椅子の座面にそしてテーブルにと、それでは満足せずに見上げた彼の目に映ったものは食器棚、あそこに行きたい・・・。しかし、その高さは180cmほどもあろう、いくらジャンプ力があっても一撃では届かない。彼は周囲を見渡す。テーブルからチェストへ、そして小物入れの上へと彼は着実に目標に近づいていく。そう、エベレストの山頂を目指すアルピニストとのように。小物入れから大ジャンプを終えたとき、彼はその頂に立っていた。猫の行動は計画的でかつ着実であり、また非常に鋭い観察力をもつと思う。

 ある時ふと、食器棚の上にいる彼を見ながら、このような習性に引き付けられる自分がなぜいるのかと考えた、「あのさぁ、あんた老け込んでる場合じゃないよ。」彼の声が聞こえたような気がした。「いつも、次はこうしてやろうって考えないとさっ、世の中って面白くないだろ。」そう言っているように思えた。
「動けない花になるな。転がる石になれ。」昔聞いた唄の歌詞が頭をよぎった。
さて、近頃のRIKUはというと、この三月で六歳になる。人間でいえば四十歳前後、「中年」に差し掛かったところだろうか。暖かいテレビの上で“ぐんにゃり”と昼寝三昧、あの高峰を目指していた雄姿はどこに。今度は僕が挑戦する気持ちを彼に思い出させる番か。「あのさぁRIKU、あんた老け込んでる場合じゃないよ。」
藤本雅巳(理科)